新たな国民運動に背を向ける? 小視曽四郎 農政ジャーナリスト
2021.03.29
(写真はイメージ)
農政を問われれば「農産品輸出」と応える菅義偉首相を横目に、農林水産省は新たに国産農産物の消費拡大や支援を広げる国民運動に乗り出す。本音は自給率の向上対策だが、自給率や食料安全保障に一切言及しない首相では運動の先行きは半ばみえたようなものだ。だが、新型コロナや気候変動を受け、国民の不安は収まっていない。
新たな国民運動(食料安全保障の確立に向けた新たな国民運動推進事業)は、昨年3月の「食料・農業・農村基本計画」改定で、自給率の45%への引き上げとともに提起。本気で引き上げを目指すとなれば政権の旗振りはもとより関係業界、生産者・消費者あげた大運動が必要だが、肝心の政権トップが「スガ案件」とされる主に農産品の輸出戦略だけに積極姿勢だ。
その影響か「新たな国民運動」といいながら事業規模はわずか11億円。500億円近い輸出戦略予算の45分の1しかない。農水省は「輸出に目の色を変える官邸の顔色をうかがいながら進めている」(全国紙記者)雰囲気だという。
数値目標の設定の有無など詳細な内容は未定だが、6月にはスタートする。当然、官邸などの支援は期待できず、農水省主体の運動となる。同省の国民運動はこれまで2008年の鳩山由紀夫内閣時からの「フードアクションニッポン」があり、協賛企業が約1万1600社に上るなど一定の成果をあげてきた。
今年3月、13年間にわたる運動の幕を閉じる。新たな運動はこれを引き継ぐ。新たなコンセプトとして、SNSを活用し食や農業を通じ、どう地域経済が循環しているかのモデル事業の支援や食と農のもつ価値の「見える化」への取り組みなどを行う。
しかし、コロナで食料輸出制限が19カ国で発生し、世界の食料価格指数も6年ぶりの高水準だ。食料自給率がわずか10%程度のシンガポールが30年に向け30%の自給率目標を掲げ、中国、フランスなど高い自給率国も増産を打ち出している。それだけに「食と農のつながりを深めて食料自給率(の向上)、食料安全保障の確立につなげていきたい」(野上浩太郎農相)との方針は理解できる。
だが、問題は菅首相の姿勢だ。「どうやら農家出身なのに農業が好きじゃないのはわかってきた。けど、好き嫌いで国の将来を危うくしてもらっては困る」(東北地方の農家)と食料安保に関心を示さない態度に対して、生産現場などから不満も相次いでいる。
(Kyodo Weekly・政経週報 2021年3月15日号掲載)
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