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すしに感謝  半沢隆実 共同通信ワシントン支局長

2021.01.04

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すしに感謝  半沢隆実 共同通信ワシントン支局長の写真

 やっぱり和食はありがたい。

 テークアウト王国である米国では、新型コロナウイルス感染防止のため営業を規制されているレストランが持ち帰り営業を強化しており、おなじみのハンバーガーから中華、シーフードまで多彩な食事が手頃な価格で楽しめる。

 ただ、どうしても飽きがきてしまう。どんなにおいしくても脂っこい味付けに疲れ、和食が恋しくなる。そんな日は、首都ワシントンのあちこちで営業している和食店に飛び込む。わが舌と胃袋を慰めてくれる料理には、自然と感謝の気持ちが湧いている。

 この夏ワシントンで出会った中米グアテマラ出身のエドガー・マルドナドさん(38)も「すしに感謝している」という。彼はただの日本食ファンではない。その道15年を超える立派なすし職人だ(写真)。それも和食全般の調理人ではなく、すし一筋なのだ。

 すしとの出会いはグアテマラから渡米して間もないころ、兄弟がたまたま勤務していたワシントンの和食店を訪れ、生まれて初めてすしを口にした。「巻物だったと思うがそのおいしさに驚いた」

 その日のうちに店に雇ってもらい、日本人の職人に教えを請うた。刺し身を切ってシャリに乗せるだけで単純に見えたすしが、実は奥深い食べ物であることを知り、のめり込んだ。

 「休息時間は包丁の使い方や握り方の練習に費やした。夢中だった」と振り返る。初めて自分の包丁を買ったときの誇らしい気分は、今も胸に残っている。以来、仕事も家庭も順調だった。だが今年の春、新型コロナウイルス感染が米国で深刻化、マルドナドさんの店は一時閉店してしまった。

 世界最悪の感染地域である米国の失業率は、コロナ流行前の2020年2月には完全雇用に近い3.5%だったが、4月には戦後最悪の14.7%を記録。回復基調にあるとはいえ、3月以降の2カ月間で失業した約2200万人のうち、復職できた人は半分超の約1230万人にとどまっている。

 感染拡大防止のため、客を受け入れられなくなった飲食業界への影響は特に深刻で、米メディアは連日のように、レストランやバー関係者の苦境を伝えている。

 一時職を失ったものの、お店では2、3人の弟子を持つベテランで、仕事への情熱も人一倍のマルドナドさんには、すぐに別の店から声がかかった。夏からはワシントン中心部に近い、タイ・日本食店でシェフを務める。苦境に直面する業界でも「良いすし職人を確保するのは難しいようだ」という。

 複数の店を掛け持ちして月収は3000㌦(約31万円)と、生活は楽ではないが「知人の多くはまだ失業中だ。新しい職場がすぐに見つかって、家族を養えるのはすしのおかげ。すしに興味を持ち、学び、そして生き残った」と笑顔を見せたマルドナドさん。将来はグアテマラに戻って自分の店を持つのが夢だ。

 その頃には一層、すしへの愛情と感謝を深めているのだろうと、想像しつつ自慢の握りを一口頂いた。

(Kyodo Weekly・政経週報 2020年12月21日号掲載)

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