育成権者保護に舵切る種苗法改正 農業者保護とのバランス重要 清水豊 矢野経済研究所フードサイエンスユニット理事研究員
2020.11.30
国内で開発されたブランド果実などの種や苗木を海外へ不正に持ち出すことを禁じる「種苗法改正案」が、今国会で成立する見通しとなった。
矢野経済研究所フードサイエンスユニットの清水豊理事研究員が、問題の背景や法改正の経緯、改正案のポイントや今後の課題についてまとめた。(写真はイメージ)
種苗法改正までの経緯
食の根幹をなす「品種」という財産については、植物の新品種の保護に関する国際条約(UPOV条約)や種苗法を通じて、育成権者の保護と利用者である生産農家の利益保護のバランスを図りつつ、新品種を育成者権という知的財産権として保護することにより、新品種の開発が促進され、これを通じて安定した食料生産という大きな公益を実現してきた。
ただ近年では、日本の優良品種が海外に無断で流出し、他国で増産された農産物が第三国に輸出されて、日本国からの輸出農産物と競合するなど、日本の農林水産業の発展に支障が生じる事態が生じている。
そうした中にあって、国外への登録品種の持ち出しを禁じていないUPOV条約や、育成者権の効力の例外として農業者の自家増殖を無制限で認めている種苗法の問題点を指摘する声は大きかった。
このような育成権者の権利保護の必要性の高まりもあり、農林水産省が検討を進め、国内で開発されたブランド果実などの海外への不正な持ち出しを禁じる種苗法改正が2020年3月に閣議決定されて国会に提出された。
しかしその後、新型コロナウイルス感染拡大に伴う20年度補正予算案審議など、緊急かつ重大な議案が相次いだ。また同改正案では、一部の登録品種に限って農家が収穫物から種を取って次の作付けに利用する行為(自家増殖)に許諾料の支払いを迫られることで農家の負担が高まるとの声が、SNSなどインターネット上で広がった。
こうした状況を背景に、十分な審議時間が確保できない中、指摘されたような懸念を十分に払拭しきれないとの判断から同国会での成立を断念。そして今の臨時国会で11月11日に審議が始まり、衆院は19日の本会議で自民党などの賛成多数で可決して参院に送付された。
無断持ち出しで優良品種流出
種苗法の改正は、出願期限が切れたシャインマスカットが中国や韓国で生産され、第三国に輸出されて日本産と競合する事例や、栽培を山形県内に限定していたサクランボ品種「紅秀峰」が海外に持ち出されて、海外で産地化されて日本に輸入されそうになる事例など、現状の法規制の中で、日本の農林水産業の発展に支障が生じる事態が発生してきたことが背景にある。
一般社団法人や研究機関などで構成する「植物品種等海外流出防止対策コンソーシアム」では20年7月に中国及び韓国の種苗関連インターネットサイトにおける種苗の販売状況について調査し、同年9月その結果を公表している。
その結果、中国、韓国のインターネットサイトで、日本で開発された品種と同名またはその品種の別名と思われる品種名称を用いた種苗が多数販売されている事例が明らかとなった。
育成者権者の了解なしに掲載されていた品種は、イチゴ10品種、カンショ1品種、ウンシュウミカン1品種、その他カンキツ10品種、リンゴ3品種、ブドウ4品種、モモ2品種、スモモ1品種、ナシ1品種、カキ1品種、サクランボ2品種の計36品種に達している。
なおこの調査は、インターネットサイト上での販売時の名称を調査しているため、当該掲載商品が日本の登録品種そのものか、日本の登録品種と同様の名称が付された他の品種の種苗を販売しているかは特定していない。
日本の優良品種や育成者権をいかに守るかが改正種苗法の主眼であり、その点について、多くの農業関係者にとって異論は少ない。
ただ今回の種苗法改正案では、こうした優良品種の海外への流出防止策の一つとして、今まで種苗法上、育成者権の効力の例外として認められてきた農業者の自家増殖について、育成権者の許諾を必要とするとした点が問題視され、許諾料の支払いを迫られる栽培農家の負担が高まるとの反対論が広がり、改正案成立反対を目指す請願などが多数出される動きにつながった。
農水省の主張の妥当性
これに対して農水省は、こうした自家増殖への規制は「登録品種」に限定するものであり、現状、コメでは84%、ミカン98%、リンゴ96%、ブドウ91%、バレイショ90%、野菜類の91%が「一般品種(※)」であり、規制はかなり限定的であること、また、その許諾料が生じる場合があったとしても、多くの登録品種が国や都道府県の機関が開発した品種であれば、10㌃当たり数円、一本当たり数十円程度の負担にとどまるため、大きな生産者負担になることはなく、むしろ、こうした優良品種が海外に無断で持ち出されることを防ぐことに役立つと説明している。
※「一般品種」:①在来種、②品種登録されたことがない品種、③品種登録期間(25年)が切れた品種
農水省は「登録品種」は全体の15~10%程度しかないと説明しているが、この数字はあくまで品種数の割合でしかなく、実際の栽培面積や生産量で考えると、登録品種の割合はもっと高く、コメでいうと栽培の実績がある品種に限れば、登録品種の栽培面積割合が50%以上に達している。さらにこうした登録品種へ依存は、都道府県でも大きな隔たりがあるのが実状となっている。
つまり品目、地域によっては、登録品種への依存度が非常に高い場合もあり、「15~10%程度しかないので影響は限定的」という説明は妥当でない。ただ、コメに関して考えるならば、登録品種への依存度の高い都道府県の種子更新率は100%近くまで達しており、必ずしも「登録品種が多い」=「自家増殖が多い」という訳でもない。
また多くの登録品種が公的機関が開発した品種であるので、仮に許諾料が発生する場合でも、大きな生産者負担になることはないという説明も、「当面は」という限定が付く。
というのも、18年4月に主要農作物種子法を廃止して、これまで都道府県が担ってきた米、麦、大豆など主要農作物の種子の生産・普及体制に終止符が打たれた。またその前年の17年施行の農業競争力強化支援法により、種子生産に関する知見を民間企業へ提供するよう公的な試験機関に促しており、種子の開発、生産、普及に関する事業が公的機関から民間企業に移譲される方向性が打ち出されている。
このような状況の中で、大資本の企業によって、現状の一般に広まっている品種をそのまま登録することはできないものの、少し別の機能性や特性を加えることで、新たに品種登録することは可能であり、中長期的に商業生産される登録品種が公的機関によって登録される品種とは限られない状況が生まれつつあるからである。
「育成者権」と「農業者」の保護のバランスこそ重要
植物遺伝資源である種子は生きとし生けるものの命の根源であり、食料生産の根幹を成す資源であり、それは飼料として畜産物、水産物の生産にも直接影響する普遍的な価値物である。民間企業による適正な競争は歓迎されるものの、独占化、寡占化にはなじまず、公共の利益というものが優先される領域といえる。
こうした思想もあり、欧州連合(EU)は、穀類など主要作物の自家増殖は育成者権による規制の対象から除外しており、今回の種苗法改正では、登録品種に限定するとはいえ、一律にすべての品目について許諾制を採用する必要性はあるのか、許諾料の発生に条件を付するなど、検討の余地は大いにある。
ただ日本の優良品種の海外流出や育成者権をいかに守るかが改正種苗法の主眼であり、登録品種利用に条件を付し、その利用条件に反する品種の持ち出しを規制する点には異論は少ない中で、今回の改正種苗法における「登録品種」の「自家増殖の許諾制・許諾料」についてのみ、問題視する風潮が強い点には若干の違和感がある。
現代農業は品種改良、新品種により、高収量・安定生産を実現してきた。育成者権という知的財産権を守り、より農業者の利益に資する品種開発を促すことは間違いなく、農業者と農業の発展に寄与する。
そうした視点に立てば、「育成者権」の保護とその利用者たる「農業者」の利益保護は、そのバランスの問題であり、一定の共通の価値基盤を有していると考えられるからである。
大資本の企業による寡占化、独占化への懸念や問題は、資本主義の市場経済においてあらゆる産業界で顕在化しているが、農業界にあっては、知的財産権があまり重視されてこなかった。
まずは「育成者権」保護に舵を切りつつ、行き過ぎた寡占化・独占化については、独占禁止法などの法理も活用して、利用者(農業者)保護とのバランスをとりながら、農産業全体の活性化を図っていくべきだろう。
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