菅農政で追い込まれる農業 小視曽四郎 農政ジャーナリスト
2020.11.09
「雪深い秋田の農家の長男に生まれ...」は菅義偉首相がよく使う枕言葉だ。が、この一言で菅氏の政治、中でも農政に過大な期待を抱けば大きな落胆の覚悟が必要だろう。奥羽山脈の山あいの町の出は確かだが、その実「田舎嫌い」の反地方派、かつ農業への思い入れはなく、大の農協嫌いは定説だ。(写真はイメージ)
相次ぐ農業の市場開放や規制改革で岩盤にドリルを穿つがごとき、官邸主導の強引な「安倍政治の継承」を声高に宣言した菅農政は「より冷酷で強権的になる」と恐れる声もある。
菅氏は「安倍政権7年8カ月の間、重要政策を決定するとき、私は全てに関与してきた」とまさに政権の黒子だったと自民党の総裁選中に強調した。
農政面では菅氏が事実上の当事者として、反対から一転して参加に転じた環太平洋連携協定(TPP)や日EU(欧州連合)経済連携協定、日米貿易協定、農協改革、生乳流通改革、種子法廃止などの重要案件を、官邸への「忖度官僚」を使い、実現させた経過がある。
菅氏は、農家出身を強調し「地方を大切にしたい気持ちは脈々と流れている」と地方重視を示していたが、2000年秋の自身のHP上で、選挙区がある横浜市を意識してか、「地方優先政治の打破」を掲げ、翌年の国会質問でも地方交付税制度の見直しを求めるなど実際は「田舎嫌い」を疑われている。
菅氏の父親は、地元の農協と対立するイチゴ出荷組合の組合長。億単位で売り上げ、地元議会の議員を何年も務めた名士で、母親は教師。中卒が大半の時代、2人の姉、弟はそれぞれ国立大や都内の有名私立大を卒業した。父親が地元の農協と対立したためか、菅首相の「農協嫌い」は有名だ。
農政に詳しい事情通によると「自分がしかるべき地位に就いた時は農協に復讐する、という私的な恨みを持っていた」とか。農協の関係者は「(菅氏の)逆恨みだ」とする。
農協改革の当初、官房長官だった菅氏と全国農業協同組合中央会(JA全中)、全国農業協同組合連合会(JA全農)など全国連の会長が「2回もホテルで朝食会を持ち説明したが、効果がなく、冷たさを感じた」と振り返る。
そうしたJAとの関係改善のため、JA全中の中家徹会長が和歌山県出身同士で昵懇の二階俊博自民党幹事長の橋渡しで、10月12日夕、首相官邸で首相の就任後初めて顔合わせした。
新内閣は規制改革会議で、いきなり企業の農地取得という難題を提起しているが、1年以内に総選挙がある中、規制改革を掲げる菅氏とJA側でどんな折り合いをつけていくのか、国内農業の将来の分岐点になりそうだ。
(Kyodo Weekly・政経週報 2020年10月26日号掲載)
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