安倍政権の負のレガシー 小視曽四郎 農政ジャーナリスト
2020.09.28
(写真はイメージ)
民主党政権を「悪夢」と再三侮辱した安倍晋三首相が辞任を表明した。だが、悪夢といえば、安倍政権の「官邸農政」ではないだろうか。「TPP(環太平洋連携協定)断固反対」を唱え政権に返り咲いた途端に、コメの減反廃止、日欧、日米の相次ぐ大型貿易協定と、毎年のように現場無視の農政を断行した。
中でも全国農業協同組合中央会(JA全中)の組織の見直しによる、農政運動の弾圧で、国民全体の農業・食料論議の機会が奪われた。忘れてはならない負の政治的遺産(レガシー)だ。
安倍政権の農政の立ち位置は、アベノミクスの成長戦略としての規制改革や自由貿易の推進であり、農家の現場に立ったものではない。
だが、それでも方針通り進められるのは、バレバレの嘘やごまかし、謀略、どう喝など安倍政権の手練手管による。TPPはその象徴だ。野党時代の安倍氏は「TPP断固反対」を掲げて農民票を引き付けつつ、政権に返り咲くや3カ月後には、米国が認めてもいないのに「関税撤廃の柔軟性が確認された」と独自の解釈で交渉参加を表明する。
ここで驚くのは、総選挙で支持を受けたJAを裏切って、規制改革会議のまな板の上に「抜本的な農協改革」をのせたことだ。その狙いは、JA全中の司令塔としての機能のはく奪だ。「全中の指導は単位JAの発展を妨げている」などと因縁をつけ、今やJA全中経営に欠かせない准組合員を人質に、全中を農協法人から一般社団法人化し、指導力を骨抜きにした。
安倍氏にとってJAグループは、TPP交渉を阻む最大の抵抗勢力で目の上のタンコブであった。自民党農林族幹部だった森山裕元農相は「JAがあんまり激しく抵抗するから」と農政運動を抑え込むのが狙いだったことを認めた。
JA全中の撤退でそれまでの農政運動風景は一変する。農民一揆よろしく、むしろ旗を掲げたデモや集会はパタリと姿を消した。その結果、TPPは米国が離脱した後もTPP11としてすんなり発効。日欧経済連携協定(EPA)、日米貿易協定と農産物の輸入拡大を認める協定も、ほとんど抵抗なく相次いで合意、発効した。
国家戦略特区での一般企業による農地所有の解禁、コメの減反廃止、種子法廃止、生乳流通改革なども、国民の理解どころか野党の十分な反論もできないまま次々と実現した。いずれも「本来なら一内閣でひとつ処理できれば十分」(農林水産省元幹部)な重要テーマだ。
安倍氏は自らが「改革のドリル」となり、60年ぶりの改革を断行したと自画自賛したが、ドリルを当てられた側の痛みなど考えないのが悪夢たる安倍流の政(まつりごと)だろう。だが、そのツケはいつか国民が払わされる時が来る。
(Kyodo Weekly・政経週報 2020年9月14日号掲載)
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