「マイ箸」ブーム再来も 畑中三応子 食文化研究家
2020.08.17
外食のかたちを大きく変えることになったコロナ禍。流行の初期にクルーズ船で集団感染が起こったこともあり、客が食べたい料理を好きなだけ取り分けるビュッフェ形式は、特に感染リスクが高い、とやり玉に挙がってしまった。
あれほど人気があった「食べ放題」も、これで当分の間、お別れと思っていたが、さまざまな衛生対策を打ち出して、再開に踏み切るホテルやレストランが現れている。
客の目に見える対策としては、料理には飛沫感染防止のビニール製やアクリル製カバーを設置する、大皿ではなく個別の皿に盛って並べる、トングやレードル(お玉)は頻繁に交換するなど。
あるいは、料理を取る際、客に使い捨て手袋とマスクの着用が求められたり、客の取り分けを中止してスタッフが皿に盛ったりと、安心してビュッフェが楽しめる工夫に、各店が取り組んでいる。
大皿取り分けの本家といえば、中国料理である。中国では大皿を皆で囲んでにぎやかに会話しながら直箸でつつき合い、ときには自分の箸で人によそってあげるのが、人間関係を深めて親密さを築くための重要なコミュニケーション手段とされてきた。
古代から現代まで箸の歴史をたどった、エドワード・ワン著「箸はすごい」(柏書房、訳・仙名紀)によると、中国でこの「合食制」が始まったのは11世紀の宋時代である。
ちゃぶ台やダイニングテーブルが導入されるまでは各人ごとの銘々膳で食べる「分食制」が基本だった日本では、箸を食べる人と平行の位置に配置する。
これに対し、中国では中央の大皿に向かって置くのは、分食制の風習の表れだという。中国箸が長いのは、遠くの料理を取るためだ。
膳だけではなく、自分専用の箸と飯茶碗、湯飲みまで決まっているという、世界的に見ても珍しい習慣があった日本で生まれたのが、取り箸である。
神道で箸はいったん口に入れると、その人の霊が乗り移るとされ、直箸がタブーだったためである。使い捨て箸も日本の発明で、割り箸が最初に現れたのは江戸時代の中期だった。
中国では20世紀になると衛生観念の高まりから、直箸での合食を「唾液交流」と呼んで見直しが始まり、取り箸の使用が推奨されてきたが、なかなか定着しなかった。
現在、中国政府は感染防止のため取り箸を強く呼びかけている。しかし、科学的には納得できても、1千年続いた伝統と、「他人行儀」という取り箸が持つ文化的イメージを払拭するのは難しいようだ。
日本では大半の外食店で割り箸が使われていたが、資源の無駄づかいが問題視されるようになり、多くの大手外食産業が洗って繰り返し使うプラスチック箸に切り替えている。
ところが現在の状況下では、いくら食器用洗剤でウイルスが不活化するとしても、なんとなく不安を抱きがち。箸立てで共有していたら、さらに不安だ。かといって割り箸を要求するのは、気が引ける。
そんなときのために、一時ブームになって短期間ですたれた「マイ箸」を持ち歩くのは、ささやかな安心材料になるかもしれない。
(Kyodo Weekly・政経週報 2020年8月3日号掲載)
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