家畜も「ステイホーム?」 石井勇人 共同通信アグリラボ所長
2020.07.06
放牧の規制をめぐって、畜産行政が迷走した。農林水産省は4月、豚熱(CSF、旧称豚コレラ)とアフリカ豚熱(ASF)の予防を強化するため、イノシシの感染が確認された地域では豚の放牧を中止、それ以外の地域や牛の放牧についても、畜舎の設置を義務付ける方針を示した。家畜を「ステイホーム」させ、野生動物から隔離しようというわけだ。(写真は乳牛の放牧=オランダで石井勇人撮影)
豚熱は、ワクチンの接種によって見掛けは収束しているが、野生イノシシへの感染は新潟、沖縄県など16都府県に拡大している。豚熱だけではない。今のところ国内では発生していないが、ワクチンが開発されていないASFの侵入にも備える必要がある。
家畜伝染病予防法の改正を受けて、同省は4月に食料・農業・農村審議会の部会を開き、専門家の意見を聞いた。新型コロナの感染拡大に伴い会議は持ち回りで開かれ、「放牧中止」の具体案も公表されなかった。
5月に「中止」の方針を知った放牧関係者は仰天した。特にCSFの発生が確認された地域では豚の放牧ができなくなる。6月11日に締め切られた意見募集を受けて、同省は「屋外飼養を中止」を撤回。「避難用設備の確保」に後退し、放牧を継続できるように省令改正案を修正した。
現場の反発は当然だ。そもそも、放牧と畜舎で感染リスクが異なるかどうかの科学的根拠はない。牧場の外側に設置する柵を強固にすることで野生動物との接触リスクは下げられるし、既にほとんどの放牧養豚場では二重柵が導入され、外側を電流が流れる「電柵」にしている牧場も多い。
一般論だが、放牧で飼育された家畜の方が病気に対する抵抗力は強い。狭い畜舎内で多数の家畜を飼育すれば「3密」となり、感染したときのクラスター化のリスクが高まる。
全国約4300の養豚場のうち放牧は約140農場にすぎないが、耕作放棄地の活用や、美しい風景の維持、豚肉の高付加価値化、動物福祉(アニマル・ウエルフェア)、子どもたちと動物との触れ合い教育など、多面的機能や持続可能性に配慮した先進的な経営が多い。
持続可能性の重視は国際潮流であり、放牧はその実践として評価されている。放牧の規制強化は、こうした新しい動きに逆行し、意識の高い地域産業の芽を摘むことになる。
現場の声を十分に聞かずに「中止」を掲げ、反発が強いとみるや撤回する。「避難用設備の確保」は、解釈次第では「ステイホーム」という従前の方針に回帰しかねない。腰の定まらない農水省の姿勢に不安を感じる。放牧を先進的な畜産業として位置付け、守り育てていく姿勢を明確にするべきだ。
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