「書評」市場万能主義を理論的に批判 「協同組合と農業経済」(鈴木宣弘)
2022.01.19
「今だけ、金だけ、自分だけ」の「3だけ主義」を厳しく批判し、安倍晋三政権が推進した環太平洋連携協定(TPP)や規制緩和の推進、農業協同組合(JA)の解体に反対してきた農業経済学者による一連の研究の集大成だ。
著者は、市場機能に任せれば資源配分は最適化されるという経済理論に対して「実在しない完全競争を前提としたモデルを、独占や寡占が蔓延している現実の不完全競争市場に適用するのはそもそも間違い」と断じ、自由貿易や規制緩和の徹底を根底から否定する。
自身の研究のアプローチとして、「私」(市場)と「公」(政府)の2部門だけなく「共」(コミュニティ)の役割に着目し、3部門の相互関係から競争条件を検討。社会全体の利益を高める上で、拮抗力(カウンターベイリング・パワー)として協同組合の重要性を明らかにしている。
学術書としての本書の中核は、第II部「新たな実証モデルの展開ー新たな不完全競争モデルと協同組合モデルの結合」だ。数式が出てくるため難解だが、「共」の存在を経済モデルに組み込むことで「不完全競争市場での規制緩和は、市場支配力をもつプレーヤーへの富の集中を加速して逆に市場を一層歪め、経済厚生は悪化する」ことを証明している。
さらに、この結合モデルを使うと、売り手と買い手の間のパワー・バランスの変化によって、生産者価格がどれだけ上がり、消費者価格はどれだけ下がるか、小売りマージンの減少に応じて社会全体としてどれだけの利益が増えるかを推計できる。著者は、「(一連の研究は)理論的にも実証的にも新たなステージと位置付けられる」と自信を示している。
この第II部を除けば、学術書としては極めて平易に書かれている。それでも難解と感じる読者には、本書の普及版とでもいうべき「農業消滅 農政の失敗がまねく国家存亡の危機」(平凡社)がお勧めだ。新書だが著者が訴えたいことは十分に伝わる。