「食材礼讃」 田口さつき・古江晋也著 全国共同出版
2021.03.23
おいしそうな18種類の食材を紹介する内容だが、世の中にあふれかえる「グルメ本」や「食べ歩きエッセイ」などとはまったく異なる。
「インスタ映え」する写真と筆者の主観で満たされた「食べ歩き」が、頭の中をスーと通り抜けて、何も記憶に残らないのに対し、本書は食材の裏側にある、産地の気候や風土、歴史や事件、それらを農産物や水産物という「形」に刷り込んでいく生産者の努力が濃厚に、丁寧に描かれている。しかも統計などのデータを使って客観的、論理的に説明していて説得力がある。
江戸・東京の伝統野菜、丹波篠山黒豆(兵庫県丹波篠山市)、稲取キンメ(静岡県東伊豆町)など伝統的な農水産物だけでなく、2006年から始まった東京牛乳(東京都瑞穂町)や、みやぎサーモン(宮城県)の東日本大震災からの再建など比較的最近の動きも紹介している。1品1品、本サイトの「食べ物語」で紹介したくなる内容だ。
例えば、ブロッコリーの産地である愛知県田原市では「9月25日」が特別に重要な日であるという紹介がある。季節風による天候への影響が大きい当地において、季節が変わる節目であり、苗の定植時期の目安となるからだ。
こんなことを知ると、スーパーに並んでいるブロッコリーを手に取る時に、いつどこでどうやって育てられたのかと気になるし、そんなことを尋ねても答えてくれる店員がいるお店で買いたくなる。
共著者はともに(株)農林中金総合研究所の研究者で、普段は金融論など難しい学術と格闘しているのが信じられないくらい、読みやすい文章で写真も多い。きっと、このような農林水産物は18品どころか、まだまだ全国各地にたくさんあるに違いない。続編を期待したい。(税別2250円)