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<メイド・イン・ジャパン>の食文化史   畑中三応子 著  春秋社

2020.10.05

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日本食礼賛を冷静に考える  畑中三応子 食文化研究家


 この10年ほど、「日本の食はすごい」「国産食品なら安心・安全」といった、日本食を自画自賛する言説が世にあふれるようになった。今では「世界で一番グルメな国」が国民のコンセンサスとなった感がある。

 だが、思い出してほしい。明治からこのかたずっと、日本人は無類の舶来好きだったことを。いま私たちが楽しんでいる素晴らしくバラエティー豊かな食生活は、海外から多くのものを貪欲に取り入れた結果にほかならない。

 食文化とは本来、それぞれの風土で得られる食料を中心に形作られるものだ。しかし、食の西洋化が推し進められた近現代の日本では、風土に適した農水産業とは分離した食生活が発達した。〈国産〉ではなくカタカナで〈メイド・イン・ジャパン〉にしたのは、そのことに対する皮肉からだった。

 本当に日本の食はすごいのだろうか? その根拠は何なのか? 根強かった舶来信仰から日本食礼賛に意識が転換する背景には何があったのか? 明治時代から現代まで、歴史的に検証しようというのが本書のテーマである。

 そもそも、食料自給率が37%(2018年度)しかない輸入大国が浮かれていてよいの? そうした危機感から、縦軸に自給率を置き、その変遷とともに各時代を象徴するようなエピソードで構成した。

 いきおい危機の話が多くなった。太平洋戦争中の代用食開発では、カイコのさなぎから油を採取したあとの搾りかすでしょうゆを製造した事実が衝撃的だった。

 コメはというと、早くも19世紀末に輸入が始まり、完全自給を達成したのはやっと1967年。戦後、米国産穀物への依存度を深め、農業が衰退して自給率が下がっていくプロセスは、書いていて切なくなった。

 牛肉輸入自由化、コメの部分開放が実施された90年代は、食のグローバリゼーションが生活のなかで目に見えるようになった時代だ。海の向こうの食のリスクが持ち込まれるようになり、家畜の感染症もグローバル化した。

 後半には病原性大腸菌O157と、牛海綿状脳症(BSE)のことを書いた。BSEは、あれほど大きかったパニックが人々の記憶から消えつつあることに憤りながら、思わず力が入ってしまった。

 長く書きすぎたと反省していたところに起こったのが、新型コロナウイルスの流行。感染拡大の様子と国の対応はBSE時をほうふつとさせ、強い既視感を持った。

 人間は忘れる生き物だ。こと悪い記憶は忘れられやすい。しかし、失敗を未来に生かすためには、日本食礼賛に水を差すようなネガティブな出来事でも、ほじくり返すことの大切さを感じている。

 現在コロナを機に地産地消の機運が高まりつつある。これから胸を張ってメイド・イン・ジャパンと誇れる食文化を育んでいくにはどうしたらよいのか? 読んでくださった方が、それぞれの食卓から考える一助になったらとてもうれしい。

(Kyodo Weekly・政経週報 2020年9月21日号掲載)