注目集まる「スマートカラー」システム タスマニア州の酪農現場リポート(下) NNAオーストラリア
2024.11.29
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オーストラリアの酪農業界で注目が集まる「スマートカラー(Smart collar)」システムは、衛星利用測位システム(GPS)などを活用し、酪農家の労働生産性を大幅に向上させるといわれる。タスマニア州で実際に利用している酪農家ブロディー・ヒル氏の農場を訪問し、牛の自動誘導の仕組みを中心に視察した。【ウェルス編集長・湖城修一】
■音で牛を誘導
「スマートカラー」の2つ目の機能は、人が関与せずに牛を酪農家の意図する地点まで移動させる自動誘導だ。(写真上:左右の耳の後部にデバイスを装着)
首輪には牛の左右の耳の後ろに当たる部分にスピーカーが1個ずつ搭載されている。ヒル氏の説明によると、牛を右に進ませたい時は左のスピーカーから音を出し、左に進ませたい時は右のスピーカーを鳴らす。直進は両方のスピーカーから音を出すという。
この機能により、朝夕1日2回の搾乳時に、人が誘導することなしに、牛が搾乳場に集まるようになる。決まった時間に牛を移動させるためのタイマー設定も可能だ。ヒル氏はこれまで搾乳時間になると自動車を用いて牛を誘導していたが、現在はこの作業に労働力を割く必要はなく、1日当たり約2時間の労働時間削減につながったという。
なお搾乳に関しては、同氏はロータリーパーラーを導入している。1度に50頭の搾乳が可能で、1日に22回運転を行っている。
■牛は約1週間で習得
(画面上にドットで牛の現在位置が示される)
ヒル氏によれば、牛は5~7日間で首輪の音や振動と自らの動きの関連を理解するという。これにより牛に不必要に電気が流れる回数は減ることになる。また、仕組みを習得できず「スマートカラー」が作動しているにもかかわらず、ヒル氏が意図しない行動をした牛は、これまでに存在しないとした。
ヒル氏はさらに、「このシステムでは家畜福祉は常に考慮されており、より弱いパルスで効果的に牛の行動が制御できるようにソフトは頻繁にアップデートされている」と述べた。首輪のソフトのアップデートは全て無線で自動実行され、酪農家が時間を割かれることはないという。
首輪の電力は貼付されている太陽光発電パネルから供給される。タスマニア州では2024年9月に暴風雨が発生し、サウス・リアナ地方でも数日間停電する被害が出たが、同システムは問題なく稼働した。
(牧草の状態を色の違いで表す)
■スマホのアプリで牛を管理
牛の情報の確認や「バーチャル・フェンス」の設定などは、酪農家のスマートフォンやタブレット、PCにインストールしたアプリで行う。
基礎情報となる農場の地形データは、導入開始時にドローンで上空から農場全域を撮影し、精密なマップを作成する。GPSが捉えた牛の首輪の位置情報は、そのマップ上にリアルタイムで表示される。
マップに表示された牛のドットをタップ(クリック)すると、その牛の情報が表示される。牧草摂取や反芻、休息などの情報が得られ、総合的に牛の健康が判断可能だ。例えば単位時間当たりの移動距離が極端に少ない牛は体調不良が疑われる。繁殖状況もモニターされる。
こうした情報にフィルターを設定し、閾値を超えた牛が出た場合、アラート(警告)が通知される。酪農家がすぐさま対応することが可能で、病気の予防や早期発見に有効という。
また、牧草の状態はマップ上に色の違いで示される。牧草地は全体的に緑色の表示だが、牧草がより長く育った区域は緑色がより濃く表示される。ヒル氏によると衛星写真の色調の分析によるという。
さらに、任意の区域を指定するとそこで放牧した場合の牛の予想牧草乾物摂取量が示される。そうした情報を基準に「バーチャル・フェンス」で最適な放牧地域を設定する形だ。また、放牧時には実際の摂取量もデータ化され、比較することもできる。
バーチャル・フェンスの設定は、画面をドラッグすることで簡単に行うことができる。
(水場に向かう狭い通路をバーチャル・フェンスで設定したところ)
■導入は「コストより投資」
ヒル氏は「スマートカラー」導入による具体的な経済的効果の額は、まだ算出していないという。だが「データに基づく意思決定ができるようになった」と述べ、「労働環境の改善にも大きな効果があった」と強調した。
同氏によると、システムの利用代金は1頭当たり年間169豪ドル(1豪ドル=約100円)。初期費用などが不要なサブスクリプション契約で、機器の所有権を取得しない代わりに牛群規模の拡大も容易に検討できるという。
また同氏は、直近の数年間でインフレ高進により労働コストと肥料コスト、燃料コストが約2-5割上昇したと指摘する一方、同システムの導入により、特に牧草管理がデータ化されることで、施肥の効率化も図れるとした。
酪農業界団体デアリー・オーストラリアのデータでは、オーストラリアの酪農業界で、今年8月の肥料コストは前年より13%下落したものの、過去5年間で33%上昇した。燃料費も前年比15%下落したが、19年比では25%上昇している。
同システムを開発したホルターは、タスマニア州でヒル氏と同じ規模の酪農地に導入した場合、牧草乾物量は1ヘクタール当たり1184キログラム増加すると試算している。
ヒル氏は「スマートカラー」への資金投入について「コストというよりも投資(インベスト)だ」と述べ、今後も利用を継続するとした。
(オセアニア農業専門誌ウェルス(Wealth) 11月29日号掲載)
【ウェルス(Wealth)】 NNAオーストラリアが発行する週刊のオセアニア農業専門誌です。
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