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タレ濃厚化と温暖化  畑中三応子 食文化研究家  連載「口福の源」

2024.09.09

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タレ濃厚化と温暖化  畑中三応子 食文化研究家  連載「口福の源」の写真

 ラーメン屋の店先に「冷やし中華はじめました」の貼り紙を見ると、夏が来たと胸躍ったのはいつまでだったか。「冷やし中華の日」の7月7日は、二十四節気で暑さが本格化する「小暑」の頃に当たる。以前はその前後から本当に暑くなり、冷たい麺が食べたくなったが、温暖化にともなって時期が早まり、4月から提供する店が増えた。(写真:タレもトッピングも店で大きく違い、食べ比べが楽しい冷やし担々麺。これは揚げた豚肉がのった豪華版、筆者撮影)

 冷やし中華は日本生まれ。昭和10(1935)年前後、仙台または東京の中国料理店で発祥したという説が有力だ。中国にも冷ました麺に具とゴマダレなどをからめる料理はあるが、日本のように麺の冷たさにはこだわらない。元祖2軒ともタレは酢としょうゆがベースで、そこが日本オリジナルだった。全国に広まったのは、昭和30年代以降である。

 大正から昭和前期の中国料理書には酢としょうゆのタレを使うあえ物が多数紹介されているが、砂糖を加えないのが一般的だった。もしかしたら戦後タレが甘くなったことが冷やし中華にごちそう感を与え、不動のメニューにしたのかもしれない。

 以来ずっと甘酢ダレが主流だったが、今は人気を二分するゴマダレをいち早く取り入れたのが、82年発売の即席麺「中華三昧 上海風涼麺」。日本の練りゴマより香りが強い濃厚な中国産ゴマペースト、芝麻醤(チーマージャン)を使った本格的ゴマダレが評判を呼び、普及に一役買った。

 しゃぶしゃぶにポン酢よりゴマダレが、サラダにシンプルなフレンチドレッシングよりゴマドレッシングが好まれるのと同様、日本人はより濃い味を求めるようになった。

 そんな濃厚好みを象徴するのが、最近人気の冷やし担々麺だ。これも日本生まれである。元来の担々麺は中国四川省の代表的な麺料理で、トウガラシや中国産サンショウを利かせた辛いタレで麺をあえ、みそ味のひき肉をのせたもの。汁気はほとんどない。昔は天秤棒(てんびんぼう)で担いで売り歩いたことから、この名がついた。

 担々麺を現在のような汁そばに変えたのは、麻婆豆腐など、多くの四川料理をはやらせた料理人の陳建民さんだった。スープを加えることでまろやかに、日本人の舌に合うよう工夫した。

 担々麺には芝麻醤とラー油入りスープ、ひき肉のトッピングという陳さんが作ったパターンがあるが、冷やし担々麺には定型がない。それだけに作る人によるアレンジの幅が大きく、味はこれでもかというほどこってりしている。

 こうした冷やし中華の濃厚化には、近年の酷暑も影響しているように思える。

 昭和期、夏季限定の冷やし中華を「一年中食べられるように」をスローガンに、ジャズピアニストの山下洋輔さんが音頭をとり「全日本冷し中華愛好会」が結成されたことがある。だが、今となっては、ほどよく汗ばむ夏に甘酢の冷やし中華でさっぱり、ひんやりできた時代が懐かしい。冷やし中華は、やっぱり夏の風物詩であってほしい。

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