生体牛の輸出も停止か 豪新政権、農業の課題山積 NNAオーストラリア
2022.05.27
5月21日に投開票が行われたオーストラリアの連邦議会総選挙で、約9年ぶりに政権交代を実現させた労働党の今後の舵取りに、農業界が注目している。
気候変動問題への有権者の意識の変化が、独立系無所属候補や緑の党(グリーンズ)の躍進に反映したとされ、旧政権が唱えた排出ガス削減対策が酪農や畜産のコストを上昇させるとの主張は保守連合の敗因となった。第31代首相に就任したアルバニージー労働党党首の前には、環境問題以外にも解決すべき問題が山積している。
労働党の勝利に対し、最も不安を募らせているのは畜産業界だ。同党は3年前、「政権を獲得した場合は動物福祉の観点から生体羊の輸出を段階的に停止」と公約していた。1億3600万豪㌦(1豪㌦=約90円)と国内最大規模を誇る西オーストラリア州の生体羊業界は現在、先行きが不明確なことから肥育農家は羊の仕入れを中断し、状況を見守っている状況という。
オーストラリア家畜輸出事業団(ALEC)のサットン代表は「生体家畜輸出業界は新政権に対し緊密な協力を約束し、業界がこれまで達成してきた成果を強調する」と述べた。同代表はまた「動物福祉は改善され、労働党は業界と協議するとコミットしていた」と期待を示す一方で、「羊の次に生体牛の輸出も禁止される可能性もある」と懸念を示している。
労働党は生体羊の輸出停止に関し、期日の見通しなど詳細は示していない。
青果業界、人手不足対応に注視
また青果業界は人手不足が喫緊の問題だ。労働党は前政権が進めていた東南アジアを中心とした10カ国に対する農業ビザの仕組みを廃し、太平洋諸国出身の移民労働者を中心にした既存プログラムを軸に構想。渡航コストを政府が負担し、家族を呼び寄せるインセンティブも与えることで労働力を確保するとの公約を発表していた。
このスキームには、全国農業者連盟(NFF)が「より多くの労働者を惹きつけるために『網は広く投げるべき』」と批判。技術をもった労働力の不足は解消されないという見方も出ている。
農業界の労働力不足は、今シーズン13万㌧の生産が見込まれていた夏果実が、収穫の人手が足りず予想を15%下回ったほか、作業の遅れによる品質低下で輸出量も18%減少するという影響が出た。食肉加工業界でもサプライチェーン全体で1万人が不足していると試算されている。
水の環境利用は議論呼ぶ
NFFのシムソン代表は「生体家畜輸出と農業ビザ問題に加え、水利も新政権と協議が必要な重要課題」と指摘した。労働党はオーストラリア南東部の主要農産地域マレーダーリング盆地(MDB)水系で、4500億㍑の水を環境に戻すと公約。これにより農業用水が減少し、220万人におよぶ同水系の利用者が水価格の上昇の形で影響を受ける可能性があるという。
労働党はこの水の確保方法について詳細を明らかにしておらず、全国灌漑協会は「新政権は、水の確保には生産性を損なうことなく実際的なアプローチを採ることを望んでいる」(モートン代表)とした。
MDBが位置するビクトリア(VIC)州のネビリー水利相は、労働党の公約に対し「現在の水利規定を変更するなら州政府間の合意を得るべきで、VIC州だけでなくニューサウスウェールズ州も変更には合意しないはず」と述べている。
林業は旧政策維持
林業に対しては、労働党新政権も旧政権の施策を踏襲するとみられる。今年3月の連邦予算でモリソン前政権は、連邦政府の直接投資としては過去30年間で最大の8620万豪㌦をプランテーション拡大に向け投入することを決めた。
労働党政権はこれを継続するとみられ、国立林産物イノベーション研究所(NIFPI)や地域林業ハブの設置、丸太や繊維の有効利用開発やカーボンフットプリントの削減支援にも総額2億2000万豪㌦を拠出する。
バイオセキュリティー強化
このほかに労働党は、バイオセキュリティーに対し、長期的で持続可能的に資金を拠出すると公約した。家畜の疫病への対処能力や追跡可能性の向上、害虫や雑草の影響の軽減などバイオセキュリティーの各機能を改善すると表明しているが、具体的な金額などは明らかにしていない。
だた空港や海外郵便センターにおけるバイオセキュリティー用の探知犬を追加するために、4年で750万豪㌦を拠出するという。
排出目標は4割減
今回の選挙で大きな争点の一つだった気候変動に対する労働党の公約は、二酸化炭素の排出量を2030年までに05年の水準に比べ43%削減し、50年までに実質ゼロを達成するというもの。
新政権は150億豪㌦の国家再建(National Reconstruction)ファンドを備え、30億豪㌦を牛の排出メタンガスを削減する家畜飼料添加剤の開発を含む商業的な排出削減にあて、排出削減基金を脱炭素促進の助成金に振り分ける。
また農林水産業界に対し、新市場の開発や多様化、地域経済の活性化などに5億豪㌦を拠出する。食品製造業界に対しても、新技術の導入やサプライチェーンの強化に同ファンドを活用する構想だ。
さらに山火事や洪水といった自然災害に対し、労働党は前政権の40億豪㌦の緊急対応基金を災害準備基金に衣替えし、同基金より年間2億豪㌦を防火対策や避難所などにあてる。NSW州リッチモンドには、アグリテックのハブを設置する。
ほかにも食肉と植物由来食品の両業界の支援と消費者への明確な情報提供の目的で、食品表示規制も改善する計画だ。ホスピタリティー業界と水産業界と協力し、食品の原産国表示を規制する計画も示している。
(オセアニア農業専門誌ウェルス(Wealth) 5月27日号掲載)
【ウェルス(Wealth)】 NNAオーストラリアが発行する週刊のオセアニア農業専門誌です。
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