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「書評」 SDGsから考える世界の食料問題(岩波ジュニア新書) 小沼廣幸

2024.07.23

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「書評」 SDGsから考える世界の食料問題(岩波ジュニア新書) 小沼廣幸の写真

 著者は、国連食糧農業機関(FAO)など国連で約35年間勤務し、中近東、アフリカ、アジアなどの開発途上国の現場で貧困や食料問題と向き合ってきた。

 読者として国際機関で働くことを目指す中学、高校生ら若者を想定し、「失敗を恐れない」「安定にしがみつかない」「チャレンジ精神」「2つ以上の専門性や得意分野を持つ」「最後まで諦めない」というメッセージを伝える。

 しかし、本書は一線を退いた後の「第2の人生」を模索するシニアにも、大いに刺激を与えてくれる。著者は、FAO事務局長補兼アジア太平洋局長などを歴任し、管理業務が増えるにしたがって「退職後には自分の非営利活動法人(NPO)を持ち、自分の資金で農民たちに直接届くような草の根レベルのプロジェクトを運営したい」という強い願望を持つようになる。

 それは国連のような巨大組織に対するアンチテーゼでもある。「第2の人生」を単純な「第1の人生」の延長にしないという強い決意だ。凡人であれば、唯々諾々と定年延長に応じ、公務員だと関連団体に天下る。著者は、人生の前半で得た経験や知識を生かすことを前提に、やりたくてもできなかったことをやり残さないという生き方を示してくれる。

 見習いたいのは、この願望を実現してしまう行動力だ。退職金と寄付金を原資に、自宅に本部を置く一般社団法人(非営利)アジア自立支援機構を立ち上げる。

 本書の後半は、タイの山岳民族に対する支援事業の実践記録だ。経済的な自立を促すために特産品の開発を構想し、高級コーヒー豆の栽培を始める。やがて加工・販売に乗り出し、バンコクの金融街の一等地にコーヒーショップを開設する。いわゆる「6次産業化」だが、著者にはそのような意識も戦略もなく、事業が行き詰まるたびに必要に迫られ、壁を乗り越えていく。

 自らコーヒーのプロになる必要性を痛感し、抽出、焙煎、バリスタの3つの認定資格まで取得する。この行動力と情熱には脱帽する。岩波書店発行、税込み1056円。