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スイスに学べ新基本計画 農政の長期展望 アグリラボ編集長コラム

2024.12.05

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(憲法修正にドイツ語で「賛成」(Ja)を呼びかける看板=2017年9月、スイス・ルツェルン近郊)

 来年春を目指して、農業政策の中期(おおむね5年)の指針となる基本計画の策定が進んでいる。これまでと異なり、5月の基本法改正によって「少なくとも毎年1回、目標の達成状況を調査し公表」することになっている。

 計画が「絵に描いた餅」にならないよう点検するのと、内外の不作や物流の混乱など環境の変化に柔軟に対応するのが狙いだ。実際に、これまでの基本計画は、「政治主導」によってたびたび無視されてきた。法律の改正もないまま予算措置だけで2010年に導入した農業者戸別所得補償制度はその一例だ。基本計画に盛り込まれている食料自給率(カロリーベース)の数値目標(現行計画では45%)も、一度も達成されたことがない。それどころか、38%で低迷が続いている。

 「毎年の調査」によって、着実に目標達成に向かうのが理想だが、実績が目標からほど遠い場合や、環境の変化が起きた場合は計画や政策の見直しを迫られる。しかし本来、農業政策や制度は安易に変更するべきではない。農業は生産活動の変更に時間が必要だからだ。政策の変更で最も混乱するのは生産現場だ。

 政策の修正と安定の両立を図るのには、どうすればよいのか。スイスでは、2050年までの長期計画を策定して安定的な農政を目指している。自由貿易の進展で、安い輸入農産物との競争が激化し、農家数や農地の減少が続いたのを背景に、2014年にスイス農業・酪業家協会(SBV/USP)が食料安全保障を憲法に明記するよう発議した。署名活など約3年間もの熟議を重ね、17924日の国民投票で約8割が賛成し、憲法を修正して食料安全保障を明記した。

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(国民投票前日まで議論が続いた=ルツェルン近郊)

 ただ、当時から「抽象的で解釈の幅が広すぎる」「実効性に乏しい」などの批判があり、連邦政府は関係者の調整を経て21年に長期計画「フード2050」を策定した。「生産から消費まで、持続可能な開発を通じた食料安全保障」を主題とし、具体的には(1)気候と地域の条件に適応した生産(2)資源の保護と環境の保全につながる健康でバランスのとれた食事(3)気候にやさしい農業―の3点を目標に掲げ、数値目標として「総合食料自給率(輸入飼料を除外)は少なくとも50%を維持」などを明記している。

 これらの目標を達成するため、消費パターンの確立や食品廃棄の最少化など8分野の副次的な課題を特定した上で、10年単位の3段階の計画を示している。この長期計画に沿って、農業団体なども行動計画を示し、意思疎通を繰り返しながら計画の着実な実行を目指す仕組みだ。

 一方、日本では基本計画に対する一般の関心は極めて低い。政府・自民党は当初の5年間を「農業構造転換集中対策期間」と位置付け、農業関連予算の獲得に動いている。政策の中身は網羅的で「予算増額」の一点張りだ。消費者から見れば5年間の基本計画は、自民党の選挙対策と表裏一体で、予算獲得の踏み台にしか見えない。

 農水省が繰り返し唱えてきた「生産基盤の整備で消費者も恩恵を受ける」という一方通行の理屈だけでは、消費者らが「自分事」として関心を持つはずがない。基本計画の着実な実行には、スイスのように生産者、消費者、行政などの間で息の長い対話が不可欠だ。2030年の長期展望を示した上で、5年間の基本計画を策定し、毎年微修正するという、重層的な戦略が必要だ。(文・写真=共同通信アグリラボ編集長・石井勇人)

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