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「書評」ウェルビーイングを考える 《農都共生ライフ》がひとを変え、地域を変える(林美香子編)

2023.06.17

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「書評」ウェルビーイングを考える 《農都共生ライフ》がひとを変え、地域を変える(林美香子編)の写真

 本書は、移住、グリーン・ツーリズム、CSA(地域で支える農業)、田舎で稼ぐローカルベンチャーの成功事例を紹介し、ウェルビーイング(心身共に快適な新しい暮らし方)という新しい概念に基づいて、持続可能な農村と都市の関係を考える。

 村瀬博昭奈良県立大学地域創造学部准教授が奈良県御杖村の産直レストランなど主に国内の実践例、林美香子北海道大学農学部客員教授がフランス、イタリア、スペインなど欧州の先進事例を紹介している。

 著者らは「都市と農村の共生」ではなく「農村と都市の共生」だと強調し、常に視点を農村側に置いてきた。しかし、最近のグリーン・ツーリズムの実態は、かつての「農村と都市の交流」から大きく変質している。農水省はグリーン・ツーリズムを「地域資源を観光コンテンツとして活用し、インバウンド(訪日客)を含む観光客を農山漁村に呼び込み、地域の所得向上と活性化を図る」と定義し、そこには明らかにビジネス重視の姿勢がある。

 「農村にいくらお金を落としてくれるか」という発想から導き出される処方箋は、超高級ホテルや高級食材の提供であり、地域の雇用はお金を介した主従関係に劣化しかねない。学生の合宿に使われていた民宿は1日1組限定の貸し切り型高級「オーベルジュ」に化ける。山村留学にも格差が持ち込まれる。

 都市住民に農村への理解を求めるならば、低廉な宿泊施設の提供や農作業への参加が前提となり「もうかるインバウンド」とは正反対の処方箋が必要だ。農村に軸足を置き「農都共生」を語る立場から、最近のインバウンドの負の側面についても触れてほしい。本書は寿郎社から発行、2200円+税。