ウクライナ農政のミステリー 農地改革で利害対立か
2022.04.19
連日連夜トップニュースはウクライナ戦争だが、ウクライナの農業政策の首脳陣が激戦中に交代したことはほとんど報道されていない。農業政策をめぐり、ウクライナの内部に激しい利害対立がある可能性がある。
共同通信アグリラボの勉強会「めぐみフォーラム」で4月13日に講演したウクライナ研究の第一人者である岡部芳彦神戸学院大学教授によると、3月下旬にレシチェンコ農業食料相が「健康上の理由」で突然辞任した。33歳とまだ若く、昨年には暗殺されかける事件もあったという。辞任のわずか1週間後にナンバー2の同省次官も交代しており、同教授は「政権内部で何かあったのは間違いない」とみている。
ただ、農政トップの辞任について伝わる情報は極めて少なく、実情は謎だ。ゼレンスキー政権は情報発信に積極的とされるだけに、情報が少ないこと自体がミステリーだ。謎を解く鍵として、岡部教授はウクライナが大規模な農地改革を進めていることを指摘する。
ウクライナは国際通貨基金(IMF)から融資条件としてさまざまな規制緩和を要求されており、農地に関しては個人間の売買を自由化し、23年に法人による売買を認める計画を進めている。後任のソルスキー農業食料相は、最高会議(国会)農業・土地政策問題委員会の委員長で、農地改革を推進してきた。
ここからは筆者の推測だが、戦時経済体制を強化する中で、ゼレンスキー政権は欧米が主導するIMF寄りの姿勢を鮮明にする必要があったのかもしれない。あるいは、ロシアの侵攻前に暗殺未遂があったことを考えると、国内では改革路線に対する反発が想像以上に大きい可能性もある。一般論だが、規制緩和は利権構造を変化させるため対立や汚職を招きやすい。
「穀物の大輸出国」であるウクライナだが、輸出余力が拡大したのは比較的最近のことだ。例えば2010年の小麦の生産は1700万㌧程度、輸出は500万㌧程度だったが、21年に生産は倍増、輸出は4倍の2000万㌧に達している。
(農林中金総合研究所作成、原資料は米農務省)
同国のシンボルとも言えるヒマワリ油の輸出は、1990年代は1000万㌧未満の水準が続いたが、90年代末から右肩上がりで増加が続き21年に7億㌧に達している。ウクライナの農業は冷戦終了後にグローバル経済に組み込まれる形で欧米や中国からの投資を呼び込み、経営規模の拡大と生産性の向上が進み、輸出市場に躍り出たのだ。
(同上)
しかし行き過ぎたグローバル化に対する反動は、英国の欧州連合(EU)離脱、米国のトランプ政権の登場とそれに伴う中国との対立激化、そして新型コロナウイルスの感染拡大で、もはや決定的な国際潮流となっている。
安倍晋三政権がグローバル化路線のアクセルを踏み込み、規制緩和を推進してきた日本でさえ、岸田文雄政権になって「新しい資本主義」と言い始めている。
ロシアという外敵を前に一枚岩の団結を強めるウクライナだが、農地改革などの規制緩和をめぐって、内部で複雑な対立があっても不思議ではない。(共同通信アグリラボ所長 石井勇人)
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