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確かめたい地域の原風景  寅さんの足跡を見る  藤波匠 日本総合研究所調査部上席主任研究員

2021.11.08

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確かめたい地域の原風景  寅さんの足跡を見る  藤波匠 日本総合研究所調査部上席主任研究員の写真

 コロナ禍の影響もあり、近頃古い映画やドラマを、テレビやパソコンで楽しむことが多くなりました。オンデマンドや有料放送で見ることができるのは当然のこととして、それらが無料の放送に乗ることも少なくありません。

 これまでテレビでもっとも繰り返し放映されてきたコンテンツは、渥美清主演で50作が作られた「男はつらいよ」シリーズではないでしょうか。半世紀以上前の1969年に第1作が封切られて以降、人気を博し続け、テレビでは50作品を週1作ずつ放映するような編成が、毎年のように繰り返されてきました。(写真はイメージ)

 日本人の年齢構成をみると、中央値はおおむね48歳であり、すでに国民の半数以上が「男はつらいよ」第1作が封切られて以降に生まれたことになります。それでも人気は根強く、ゆかりの地を訪ね歩く人も多いようで、インターネット上には、映画のロケ地を紹介するサイトが散見されます。

 奄美の加計呂麻島には、第48作「男はつらいよ 寅次郎紅の花」で、主人公の寅さんが転がり込むリリー(浅丘ルリ子)の居宅として登場した海辺の古民家が、リノベーションされ「リリーの家」として民泊施設となっています。

 また2015年からは毎年、「寅さんサミット」と銘打ち、出身地の葛飾にゆかりの地となった全国の自治体が集い、物産販売やイベントを実施しています。根強いファンがいることをうかがわせます。

 筆者は、「男はつらいよ」シリーズを見るときには、映像の各所にちりばめられる、当時の日本の風俗や風景、歴史的遺産などを見ることを楽しみにしています。寅さんは、仕事柄全国を旅してまわりますが、その土地ごとの祭りや人の暮らし、街並みが記録映画のようにしっかりと描かれているのが「男はつらいよ」の特徴です。わずか数十年前のフィルムなのですが、いまは失われてしまった風景や人の暮らしも少なくありません。

 その典型は鉄道です。シリーズ初期の映像には、まだ蒸気機関車が健在であった時代が記録されています。また、すでに廃線となり、いまは見ることができない鉄道や駅が映像に登場することもあります。鉄道ファンには感涙ものではないでしょうか。

 すでに失われ、映像にのみ残るものの一つに、街のにぎわいがあります。「男はつらいよ」には、寅さんの仕事柄、各地の祭りや縁日の様子が映像に残されています。名もなき集落の小さな縁日にもかかわらず、人でごった返す様子が描かれました。街なかの商店街が、買い物客でにぎわっていた様子も見ることができます。

 過疎が深刻な地域も多く、いまでは信じられない光景かもしれませんが、これは演出上作られたにぎわいではなく、当時は間違いなく日本中の中山間地域に多くの人の暮らしがありました。

 車寅次郎という架空の人物の人格や生業(なりわい)、彼を取り巻く人々や受け入れた街並みは、失われつつある日本の原風景です。コロナ禍が明けた暁には、「男はつらいよ」をはじめ、古い映画やドラマを見ることで記憶にとどめることができた各地の景色や歴史的遺産の"いま"を確かめる旅に出ようと思います。

(KyodoWeekly・政経週報 2021年10月25日号掲載)

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