屋内型の障がい者農園スタート 雇用率達成へ、都内で初 楢原多計志 福祉ジャーナリスト
2020.10.12

(写真:屋内型の障がい者農園にある水耕栽培装置)
障がい者の雇用は少しずつ進んでいるが、民間企業の約半数は法定雇用率に達していない。そんな状況下、東京・板橋区に都内では初という「屋内型・障がい者農園」が運営を始めた。農園を通して就職希望の障がい者と雇用率達成が難しい企業をマッチングさせているエスプールプラス(東京)は「将来、収穫した野菜を市場に出荷したい」と意気込んでいる。
「前に勤めていた会社では他の人とコミュニケーションを取るのが難しくて...。コツコツやれる仕事を探していたところでした」
8月初旬、板橋区のJR埼京線「浮間舟渡駅」近くにオープンした「わーくはぴねす農園plus東京 板橋」の1室で、軽い精神障がいのある30代の男性は志望動機を語った。
(写真:種を選別する男性、右の2人は職員)
この日は、面談を兼ねて葉物野菜の種の選別実習。机の上にまかれた無数の種(1㍉程度)の中から栽培に向いている種をピンセットで一つずつ選び出す。細かい作業の上、一瞬にして良い種を選ぶには優れた選別能力や勘が必要だ。
「早い!」と立ち会いの職員が感嘆の声を上げると、男性は「記者さんに見られているので上がってしまいました」と照れ笑い。職員は「適性は十分あります」と高く評価した。
隣の部屋では、水耕栽培装置のパイプを操作して水量を調整する実習訓練が行われ、数人の障がい者がパイプの弁や水の挿入方法などに取り組んでいた。
就労意欲があるにもかかわらず、障がい者一般企業への就職は依然として厳しい。福祉事業所に通ったり、就業訓練を受けたりしている人が多いが、総じて賃金が低く、経済的な自立が難しい。
一方、国は障害者雇用促進法を改正して民間企業の障害者雇用率(法定雇用率)を2.2%(2021年度から2.3%)と定め、障がい者の雇用促進と自立支援を強化している。
企業の中には、別会社を設立するなどして雇用を進めているところもあるが、昨年6月1日時点では、約半数が未達成で、「雇用納付金」(法定雇用の不足人数1人に付き月額5万円)を納めて行政指導を免れているのが現実だ。
行政との連携
「就職先が見つからない」という障がい者と「障がい者に合った仕事がない」という企業それぞれの願望を、「農園」という形でマッチングさせているのが、エスプールプラスだ。
自社直営の農園を用意し、就職を希望する障がい者と法定雇用率の達成に苦慮する企業を募集する。面接などを通じて賃金などの雇用条件が合えば、両者が雇用契約を結び、エスプールプラスが運営管理する農園で働く。最低賃金が保障されているのも大きなメリットだ。
(写真:屋内農園が入る建物)
一方、企業は区分された農園の一部を借り受け、雇用した障がい者に働いてもらい、法定雇用者数にカウントする。また農業指導に当たる職員を配置する必要があり、地域貢献に一役買うことにもなる。
同社はこれまでに千葉、埼玉、愛知3県で22拠点の農園を運営し、現在、契約企業約300社、約1700人が就労している。
注目されているのは、最近、同社と地方自治体の連携で事業化されている農園が増えていることだ。さいたま市と愛知県の豊明市、みよし市、春日井市、東海市、小牧市の農園はそれぞれの自治体と雇用の創設などについて協定を締結し実現した。
夢は市場への出荷
東京・板橋の場合、これまでのように障がい者がビニールハウスの中で野菜などの栽培に従事するのではなく、建物内に栽培装置などが整備され、屋内業務であるのが大きな特徴だ。障がい者117人、参加企業37社を予定している。
約400平方㍍の広い栽培エリアはオープンスペースで圧迫感がない。24時間換気システムなので防塵服がいらない。隣室には休憩室や面談室が用意され、障がい者の健康や精神面を支えている。
棚型の水耕栽培装置(写真)は養分の入った栽培溶液がパイプを伝わって最下段の棚まで届く仕組み。種まきから育苗、収穫まで一貫作業が可能で、洗浄や根のカットも、その場でできる。葉物野菜であれば、1年で数回収穫できるという。
現在、小松菜やサラダ菜、ミズナ、パセリ、クレソンなどを栽培(予定含む)し、企業の食堂などで使われているという。
エスプールプラスの和田一紀社長は「屋内型は台風などの自然災害を受けにくい。また体温調整が苦手なため屋外作業に適していない障がい者でも就労できる。アクセスの良い都心に就労の場を増やすという意義もある。栽培した野菜が市場に出回るようになるのも夢ではない」と話している。(福祉ジャーナリスト 楢原 多計志)
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