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気候変動下の食料安全保障(日本農業の動き 208)  農政ジャーナリストの会

2021.01.04

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 2018年から19年にかけて、ロンドンなど欧州の主要都市で相次いで気候変動に関する「非常事態宣言」が採択された。新型コロナの感染拡大ですっかりかすんでしまったが、気候変動に対する焦燥は、次世代を担う若い世代を中心に急速に広がり、自治体レベルで政府に行動を促す採択が急増していた。その数は同年末で約1700都市。日本では、同時点で気候変動非常事態宣言を採択していたのは壱岐市と鎌倉市だけだ。

 コロナ禍が落ち着けば、間違いなく気候変動への対応が最優先課題になるだろう。昨年10月の臨時国会の所信表明演説で「50年までの温暖化ガスの排出実質ゼロ」を宣言した菅義偉首相の姿勢は、遅ればせながら、国際潮流を踏まえた点では評価できる。

 本書は、気候変動による食料安全保障分野への影響に着目し、資源・食糧問題研究所の柴田明夫代表、農林水産省の末松広行元次官、政策研究大学院の株田文博元教授、全国農業協同組合中央会の中家徹会長ら6人の講演を採録している。 

 特に、「気候と環境の非常事態にどう対処するか」(山本エコプロダクツ研究所の山本良一代表)は、欧州の先進的な動きを伝え、ジャーナリズムの責任を問い、望ましくは巻頭に置くべき優れた総論になっている。

 難点は、実際の講演の時期が19年頃で少し古く、コロナ禍による影響、とりわけ「中国の台頭・米国の没落」という地政学的な変化を踏まえていないことだ。また採録は単純な講演順で、もう一工夫ほしいところだ。

 しかし、難点を補って余りあるのが、昨年末に書き下ろしたと思われる、巻頭の「試されるグローバルな連帯」(農政ジャーナリストの会の行友弥会長)だ。トランプ政権の登場による「自国ファースト」や、コロナ禍によるグローバル化への反動に対して警鐘を鳴らし、国際協調の重要性を説いている。

 農林水産省は、生産力の向上と持続可能性の両立をイノベーションで実現することを目指して「みどりの食料システム戦略」を3月に策定する。もちろん脱炭素を柱とする気候変動対策が最大の課題になる。本書は、同省の「戦略」を監視し評価する上で、最適のテキストだ。(税込み1320円、農山漁村文化協会)