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生態系からの恩恵を理解し、その価値を知る  農林水産政策研究所 國井大輔主任研究官

2020.12.25

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 私たちは、生態系から様々な恩恵を受けている。ここでいう生態系とは、原生林など手付かずの自然だけでなく、人間が手を加えている里山や農地を含めた空間に生息する生物やそれを取り巻く環境の相互関係を総合的に捉えたシステムのことだ。

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 森林の二酸化炭素(CO2) 吸収による気候変動の緩和、農林水産物としての恵み 、初夏の山登りで一休みするときに感じる心地よい空気、田植え後のきらきらした田んぼや収穫間近の稲穂のさざ波―私たちが何気なく感じ目にしている景観もこの恩恵である(写真)。 こうした恩恵は「生態系サービス」と呼ばれ、国際的にも非常に注目されているが、その価値を具体的にとらえるのは簡単ではない。

 気候変動や人間活動の影響によって自然は劣化の一途をたどっており、生態系から私たちが享受している生態系サービスの損失が危惧されている (IPBES, 2019) (注1)。このため、2000年には国連が「ミレニアム生態系評価」を実施し、人々が生態系から受けている恩恵を認識できるようにする「見える化」(可視化)が始まった。さらに近年では、人々が日々の活動で生態系サービスを考慮して行動をすること(主流化)を促すことが重要視されている。

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 では、私たちは身近な森林生態系について、どの程度の価値を見出しているのか。農林水産政策研究所と神戸大学が全国の都道府県を対象に実施したインターネットアンケート調査をもとに、生態系などの価値について尋ねることで評価する仮想市場法(CVM)という手法で「見える化」を試みた。具体的には、自分たちが住んでいる都道府県の森林面積が現在よりも1ha増えることに対して、各世帯がいくら支払ってもよいかという金額を聞き、「各世帯森林1haあたりの年間支払意思額(円/ha/世帯)」として、森林生態系の価値を評価した(図1)。この額が大きいほど住民が森林生態系から受ける恩恵を高く評価していることを示している。

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 分析の結果、森林生態系の価値は全国平均2474円/ha/世帯で、最高は東京都の2815円/ha/世帯,最低は高知県の2042円/ha/世帯だった。東日本が西日本よりも高い傾向で、特に関東、東海、北陸、東北南部の評価が高い。

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また、より詳細に市町村別の傾向を調べるため、岩手県について評価した。岩手県を選んだ理由は、これまでの研究で同県の森林に関するデータが蓄積され利用できたからだ。その結果、一関市や盛岡市周辺の町村を含む内陸の平野部で評価額が高かった。東北新幹線の沿線では企業の進出が進み、所得が相対的に高いためだと考えられる。一方、秋田県境や県北の町村で評価額が低く、これらの地域は森林が珍しくないため,評価単価も低いと考えられる。PRIMAF図2.jpg

 生態系の価値評価は国際的な流れだが、人々や企業の生態系保全活動に評価結果が十分に反映されているとは言い難い。SDGsへの貢献や企業の社会的責任(CSR)に対する取り組みにおいて生態系保全は重要なキーワードとなっており、評価結果が、生態系保全の政策や企業の活動に活かされていくことを期待したい。一方、研究者としては、研究結果が生態系保全活動に活用されるためにはどうすればよいのか、またどのような評価が必要とされているのかを考えていく必要がある 。

 注1 IPBES(生物多様性および生態系サービスに関する政府間化学-政策プラットフォーム)では,生態系サービスの概念を発展させ,自然が人間にもたらす正負両面の寄与を「自然がもたらすもの(Nature's Contributuions to People; NCP)」としている。

 <引用文献>IPBES(2019) "Summary for policymakers of the global assessment report on biodiversity and ecosystem services of the Intergovernmental Science-Policy Platform on Biodiversity and Ecosystem Services", S.Diaz et al.(eds.), IPBES secretariat, Bonn, Germany. P. 56.


 <プロフィール>國井大輔(くにい・だいすけ)東京都出身、41歳。農林水産省農林水産政策研究所主任研究官。地理情報システム(GIS)やリモートセンシングによる分析が専門。生態系サービス、バイオマスの利用、農村ツーリズムなどに関する研究に関わっている。