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ウェブサイト「くじらの髭」拠点に  長崎・東彼杵の地域リノベーション  沼尾波子 東洋大学教授

2021.02.08

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ウェブサイト「くじらの髭」拠点に  長崎・東彼杵の地域リノベーション  沼尾波子 東洋大学教授の写真

 先日、長崎県東彼杵町千綿にある「東彼杵(ひがしそのぎ)ひとこともの公社」(以下、公社)を訪ねた。この組織は「公社」という言葉の響きから想像される団体とは全く異なっていた。一言でいうならば、地域のプラットフォーム・ビルダーである。

 地域で生活する一人一人の魅力とともに、その人たちがつくる「こと」「もの」の魅力を、デザイン力を武器に発信し、ネットワークを緩やかにつないでいく。一人一人の個性を大切にした仕事と暮らしの実現に向けて、起業や経営についての助言も行う。いわばネットワーク事務局兼よろず相談窓口のような存在ともいえる。

 代表理事の森一峻氏によれば、地元のコンビニが存続の危機に陥ったとき、町のなかでローカルな商圏や、人々の交流・対流が失われることに危機感を覚え、活動を始めたという。

 公社ウェブページの名称は「くじらの髭(ひげ)」。江戸時代に鯨漁の船が往来し、にぎわいを見せたという町の歴史をふまえ、令和時代の交流拠点という意味を込めて名付けられた。

 解体が決まっていた米穀倉庫をリノベーションして、事務所兼店舗として活動を展開。その後、少しずつ来訪者は増え、やがて町内で新規事業を立ち上げる人も出てきた。役場の空き家バンク制度などもあり、2015年からの5年間で、新たに20店舗がこの地域に出店した。今では空き家が足りず、ウエーティングリストに300人以上が名前を連ねるという。

 新規出店者は空き家をリノベーションして個性的な店舗を創り出す。誰もが参加できるリノベーション・キャンプのスタイルも導入され、多くの人々がボランティアで作業に参加、交流を図る。それにより、レストランやカフェ、ショップなどがオープンするたびに、助け合いの輪がおのずと育まれ、情報や経済が回り始める。(写真:旧米穀倉庫内のカフェ、2020年12月=筆者撮影)

 こうして育まれた地域の「結(ゆい)」は、豪雨災害やコロナ禍においても大きな役割を果たした。豪雨災害で地元みそ屋が被害に遭った際には、口コミとウェブサイトから2㌧以上のみそを1週間たらずで売りさばき、廃業の危機を救った。

 公社は、地域の風土と文化を大切にしながら、その価値を次世代に伝える新たな生産流通ネットワークづくりにも関わる。若手のお茶生産者による「そのぎ茶」のブランディングは、農林水産大臣賞受賞へとつながった。生産者や製造者一人一人の魅力を大切にしながら、一品一品の価値を最大限に引き出す生産・流通・販売戦略が模索された結果だろう。

 JR千綿駅舎の待合室でカレーショップを運営しながら、乗車券販売も行うユニークなカフェも誕生した。個性豊かな店舗が地域にあり、それらが緩やかにつながり、経済活動が広がりをみせる。ひと・こと・ものをつなぎ、建物のリノベーションをサポートしながら経済再生を模索する公社の活動に、地域づくりの新たなスタイルをみた思いがした。

(Kyodo Weekly・政経週報 2021年1月25日号掲載)

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