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企業の農地取得は食料自給の放棄  小視曽四郎 農政ジャーナリスト

2021.02.08

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企業の農地取得は食料自給の放棄  小視曽四郎 農政ジャーナリストの写真

 規制改革の焦点である企業による農地取得の特例が2年延長される。菅義偉首相と、菅政権が新たに設けた「成長戦略会議」のメンバーで、竹中平蔵パソナグループ会長ら経済界は、兵庫県養父市で認めた特例を全国展開し、この流れを一気に加速することを狙っていた。(写真はイメージ)

 決着は先送りされる形だが、国民の食料を生産する農地の取得を企業に解禁すれば、農地の転用や荒廃に加え国土の乱開発、外国資本による買い占めや農業生産の可能性もある。当然、政府が責任を持つべき食料・農業政策は事実上放棄を余儀なくされ、昨年春に決めた食料・農業・農村基本計画に明記した食料自給率向上など夢の話になる。

 菅首相は「規制改革を政権のど真ん中に置く」と表明。政府は昨年10月、経済財政諮問会議、規制改革推進会議、国家戦略特区諮問会議を相次いで開催。経済界や有識者が農業法人(農地所有適格法人)の議決権の要件(農業関係者以外は2分の1以内)緩和などを求めた。

 官邸主導の諮問会議がそろって取り上げたのは異様だが、要は企業の農地取得への道筋をつけようとの意欲が感じられる。そのために今の議決権では「資金調達が十分できない」とか、特区は「十分な成果を確認」とか無理に理由をひねり出している印象だ。

 だが、会議でヒアリングに応じた事業者は「融資で困ったことはない」と指摘を否定。また、特区のある兵庫県養父市の実績は農地を取得した企業6社、取得面積はわずか1.6㌶。経営面積の約7%にすぎず残りはリース。うち1社は2019年3月から休業状態。十分な成果はないことが明らかだ。

 このため野上浩太郎農相や坂本哲志・地方創生担当相が慎重姿勢を示していた。一方、菅首相や河野太郎規制改革担当相は「大胆な規制改革は菅内閣の最重要課題」と意気込み、閣内の対立が表面化。「2年延長」となったが、この問題がどれだけのリスクがあるか、菅首相が認識しているかどうかは疑わしい。

 東大大学院の安藤光義教授は、要件緩和をした場合、農業法人経営が「生産者が出資者に支配される」と強調する。農業利用などを条件としても、いったん所有すれば経営を盾に農業以外への利用や転用も現実化し、産業廃棄物置き場だけでなく、周囲の農作物に悪影響を与える有害物質の持ち込みも。天候不順で経営が不調なら耕作断念や転売も考えられる。

 当然、農政の対象からはずれ、農地の激減は必至。国民への食料供給に不安が高まり、自給率向上が叫ばれても国民の要望には全く対応できない。さらに安藤教授は「外資に農業生産を乗っ取られる」可能性についても指摘する。そうなれば、菅首相肝いりの農産物輸出拡大どころではなくなる。

(Kyodo Weekly・政経週報 2021年1月25日号掲載)

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