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被災地に向き合う〝よそ者〟駅長  山田昌邦 共同通信福島支局長

2020.09.14

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被災地に向き合う〝よそ者〟駅長  山田昌邦 共同通信福島支局長の写真

 福島県沿岸部の浪江町。この町役場の北側に8月、「道の駅なみえ」がオープンし、町内外から多くの人が訪れている。木材を多用した施設には地元産の野菜や生花、鮮魚のほか、伝統工芸の陶器「大堀相馬焼」なども並ぶ。来訪者がくつろげる談話室もあり、ガラス張りのフードテラスでは、2013年のB級グルメグランプリ1位の「なみえ焼きそば」が堪能できる。

 11年3月の東日本大震災では、浪江町の沿岸部を津波が襲った。さらに町役場から南南東約8.5㌔にある東京電力福島第1原発の建屋が爆発。放射性物質が降り注いだ町全域に避難指示が出て、約2万1000人の全住民が町外への避難を余儀なくされた。

 事故から6年を経た17年3月、町東部の一部で避難指示が解除され、居住が可能になった。来春には山形県に避難して操業している酒造会社の酒蔵や、大堀相馬焼の工房も駅内に完成する予定で、駅は復興のシンボルとして住民の期待を集めている。

 駅のスタッフ45人を束ねる駅長が東山晴菜さん(35)だ。京都生まれ、滋賀育ち。震災まで福島とは縁もゆかりもなかった。大学卒業後、有機野菜を扱う大阪の会社で商品開発などを担当していた。そんな中で起きた原発事故。放射性物質が「不検出」でも、東京以北で生産された野菜は売れなくなった。(写真:浪江町の特産品を持つ東山駅長=8月18日)

 「本当の安心とは何だろう」。そんな疑問が浮かぶようになった。「放射能のことをきちんと知りたい。福島に向き合わなくては」。15年に福島県中央部の二本松市に移住。NPO法人のスタッフとして県内を回り、有機農業の販売支援などに当たった。毎日のように原発事故関連の報道が続く福島の現実に驚き、思いは沿岸部の人々に向かっていった。

 町内コミュニティー再生や道の駅運営に当たる一般社団法人「まちづくりなみえ」の支援員として、18年春から浪江町に。〝井戸端会議〟と称する会合に顔を出し、悩みや要望など帰還者、避難者の声を聞いて回った。道の駅立ち上げにも関わる中、初代駅長に指名された。

 「地元の人がやるべきではないか。〝よそ者〟の自分を受け入れてもらえるのか」と悩んだが、人々が交流できる設計図を見て「地元の人に使ってもらえる場にしたい」と引き受ける決心をした。井戸端会議を通じ、集いの場を求める人々の声を聞いていたからだ。

 「まちづくりなみえ」の理事長を兼ねる浪江町の佐藤良樹副町長も「町になかった新しい目線と、女性ならではの発想で道の駅をつくってほしかった。地元にも溶け込んでいてリーダーシップもある」と期待する。

 浪江町は町面積の8割が今も帰還困難区域で、人口も事故前の7%しか回復していない。町の復興は緒に就いたばかり。〝よそ者〟駅長の挑戦もこれからだ。

(Kyodo Weekly・政経週報 2020年8月31日号掲載)

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